そいとごえすの退避ブログ

2019-02-21 はてダから移転。

バグダッド・メモ

Amazonは在庫切れbk1は「弊社では現在お取り扱いができません」になっているが、試しに「はまぞう」で書名を入れてみたら出てきた(上記)。『東西文化交流の諸相』全4巻の4(1971年刊行の同名著書を再構成し4部作としたもの)。
硬めの論考集。去年秋ダンボール開梱で見つけ、以来時々拾い読みしている。以下備忘メモ。(原典のラテン文字はアクセント記号付きで、下の引用では一部再現できていない。Maussilの2つめのsは原典では下点付き、など。表記法はアクセント付き文字の変換表を参考にした。)


1258年、フラグ率いるモンゴル軍がバグダッドに侵攻し、カリフを殺害してアッバース朝を滅ぼした。


フラグ汗西征の二大目的は、カスピ海南方のエルブルズ Elburz 山中に拠り、狂信的な暗殺者を四方に放って西アジア諸国を畏怖せしめていたイスマーイール教派の俗にいうムラーヒダ国と、バグダードに君臨したアッバース王朝とを滅ぼすことであった。
(「中世バグダードの文化とその滅亡」、p.219、上掲書所収)
13世紀における「テロ撲滅」のための外征。



かかる大劫掠の間に屠殺された市民の数は夥しかった。一説によれば蒙古軍は一度び城内に乱入するや、隊ごとに担当区域をきめて荒らしまわった。その横行は、或は三十四日間、或は四十日間も続いたとの説がある程である。ラシードッ・デイーンによれば市民中八十万人が命を失ったとあり、イブン・ハルドゥーンは二百万人中百六十万人が殺されたとし、西紀一三四八年に歿したエジプトの史家アッ・ザハビー Shams ad-dīn adh-Dhahabī によれば百八十万人以上が犠牲になったと言い(113)、マクリージー Taqi ad-din al-Maqrīzī(1364-1442 A.D.)は二百万人が鏖殺されたと伝えている(114)。
(同上、p.235)((113)、(114)は出典を示す注番号。)
80万〜200万人が虐殺された、とイスラム史家。



ただし、イスラム教徒でも、シーア派の人々には運命を別にしたものが多かったらしい。それは彼等の中には、蒙古軍に内応したものが少くなかったという事実からも窺えるのである。
イブン・タグリビルディー Ibn Taghrbirdī の史書によれば、フラグに協力してバグダードを攻めたモスル(Maussil)の軍の主将サーリフ Sālih の下には、バグダード西部のカルフ区のシーア教徒も居ったといい(116)、また Le Strange 氏の説によるも、フラグ軍が外から猛攻を加えた際、バグダード城内からも内応したものがあったとしてある。それはカルフ区のシーア教徒と、カージマイン Kāzimayn のイマーム・ムーサー Imām Mūsā 廟附近(カルフ区がもとの円城の南方にあったのに対し、カージマインはその北方にあった)に住んでいた同じシーア教徒であったという(117)。
 バグダードの大虐殺に乗じ、イスラム教徒間でも、従来からの反目から相殺傷した者も多数あったらしいことは、右の如き事実からも窺えるのである。
(同上、p.236)

異民族・異教徒の侵略軍に内応して政権転覆に動くシーア派



「中世バグダードの文化とその滅亡」の初稿は先次大戦中、外務省で定期的に開かれていた「イスラム文化研究会」の大会で発表したものを骨子とし、印刷に付しつつあったが、東京空襲によって消失した。これに更に加筆し、昭和三十一年の「史学」第二十八巻第一、二号に載せたものである。
そんなわけで、今のイラク共和国のことをイラク王国と記し、その他にもこの国の現状とは大幅に差異のあることを述べている。ことに結語の部分で、首府バグダードの人口を、一九五五年度の推算により四十九万九千余としている。(中略)現在のサッダーム・フセイン大統領の時代となったのは、七九年七月のことである。共和国となってからこの国は躍進を続け、昨年(昭和五六年)十一月、中東調査会刊行の『中東・北アフリカ年鑑、一九八一−八二』によれば、イラク共和国の総人口は一九七九年推定で一、二六四万人とある。またバグダードは二八〇万人、バスラが九五万人、(中略)としてある。これによって見るとイラク共和国の首府バグダードは、すでにその人口においても、中世のアッバース朝最盛時の首都として、また千夜一夜物語の舞台としてのバグダードのそれをほぼ凌駕しているということが出来るであろう。このことはほぼ二十五年前にこの論考を執筆したころには、全く予見し得なかった変化である。
(「はしがき」、p.6-7、上掲書)

2003年、アメリカ軍の侵攻によりフセイン政権転覆。2006年12月、サダム・フセイン刑死。「はしがき」の書かれた昭和57(1982)年から25年後の今、イラクは内戦状態に陥っている。